子どもの頃、ゲームは外の世界をのぞく窓だった
子どもの頃、自分の好きなことはいつだってゲームでした。
大人になって、ゲームをする機会が少しずつ減っていった理由について、ふと考えたことがあります。
憧れの外の世界をのぞく窓
子どもの頃の毎日は、どこか窮屈で、同じことの繰り返しでした。
決められた時間に起きて、学校へ行って、家に帰ってくる。自分の力では生活の場所を変えることもできず、手の届く範囲の世界はとても狭かったように思います。
そんな退屈な家の中で、ゲームはいつも特別な刺激をくれるものでした。
テレビの画面に映る、ドットでできた街や海や草原。
その四角い画面は、自分にとって、退屈な部屋の中から憧れの外の世界をのぞく「窓」のようなものでした。
窓の向こうはいつだって刺激にあふれていて、楽しそうに見えた。
コントローラーを握っている間だけは、その窓から身を乗り出して、知らない世界を自由に歩き回れるような気がしていました。
あの頃の自分にとって、好きなことは本当にゲームだけだったと思います。
いつしか、窓の外にいた
大人になるにつれて、ゲームをする機会は少しずつ減っていきました。
仕事が忙しくなったからとか、体力が落ちたからとか、そういう理由もあるのかもしれません。でも、それだけではない気がしています。
大人になってからの毎日は、楽しいことも、しんどいことも、全部自分で受け止めて、自分で決めて、自分で引き受けなければならなくなりました。
思い通りにいかなくて胃が痛くなるような日もあれば、自分の足で選んだ道が進んでいく手応えを感じる日もある。
ある日ふと、もしかすると自分はいつの間にかあの部屋の窓から外に出て、かつて憧れていた「あの刺激にあふれた世界」の真ん中に立っているからなのだろうか、と思いました。
子どもの頃に窓からのぞき込んでいた刺激や冒険は、画面の中を探さなくても、目の前の現実の暮らしそのものの中に、良くも悪くもあふれていたのだと思います。
また窓をあける夜に
それでも、今でもゲームは好きです。
たまに休日の夜、部屋の明かりを少し落として画面を立ち上げると、あの頃と同じようにやっぱりワクワクします。
ただ、あの頃のように退屈から逃げ出したくて窓にかじりつくのとは、少しだけ気持ちが違います。
外の世界を一日歩き回って、少し疲れて帰ってきたあと、懐かしい景色をちょっと眺めて深呼吸するような。そんな穏やかな付き合い方に変わったのだと思います。
今夜も少しだけ画面を開いて、ドットの向こうの静かな景色を眺めてから、眠りにつこうと思います。